猪名川・藻川にいだかれて

〇 猪名川は摂丹の境界、大野山を源とし、多くの川を合流しながら伊丹市口酒井付近で
藻川を分流し、戸ノ内地先で再び藻川を合わせ神崎川に合流する。流域は大阪・京都
・兵庫の二府一県にまたがり、流路延長は四三.二㎞である。
   猪名川は昔から両岸が狭く、自然的に支流藻川が形づくられ、藻川は本流猪名川の
補助的役割りを果たしてきたが、一九六四年(S39)両河川は第一級河川となり、そ
の両堤は整備され流域住民の憩いの場となっている。
かつて両河川は、農民にとって命よりも大切な水源であり、多くの井堰(いせき)の樋門が設けられていたが、旱魃(かんばつ)期には幾度となく水論が起こり、流血の惨事を引き起こした。
また、この水運を利用して上流から材木を筏に組んで流したり、伊丹や池田の酒を
  川舟で運び、神崎の泊りで海船に積み替えて遠く江戸まで運んだ。
   一方、両河川に囲まれた東園田(島の内)地区は、夏は虫が飛びかい、河鹿(かじか)の音色
  秋は松虫、鈴虫の音の風情という長閑(のどか)な田園風景から、豪雨ともなれば一変、両河川
  とも氾濫(はんらん)し、家も田畑も水没した。住民は幾度となく為政者に陳情をくり返した。
   しかるにこの島の内地区は、他地区の損害を最小にするために、一時的な滞水地と
  されていたのであり、豪雨の度ごとに犠牲を余儀なくされていたともいわれる。
   住民が枕を高くして眠ることができるようになったのは、一九六九年(S44)猪名
  川・藻川改修工事完了以後のことである。

「東園田町会50周年誌より引用」
文責. 園田まちづくり委員会
坂口 勲

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